これでもくらえ

なにもかもウルトラQのせいだ

第14回調布市民映画塾『大仏廻国』2020年版、『ネズラ1964』予告編 上映&トークショー

 

ダークエネルギーは流石に草。

はい。12月5日(土)に調布市文化会館たづくりで開催された「第14回調布市民映画塾」に参加しました。上映作品は、横川寛人監督『大仏廻国 The Great Buddha Arrival』2020年版と、封切りが迫る『ネズラ1964』の予告編(公開直前特別版)。トークショーには、横川寛人監督(監督・脚本)、石井那王貴さん(『ネズラ1964』特殊美術)、米山冬馬さん(俳優・アニメーター他)が御登壇。以下、作品に関する概要や感想の中で一部ネタバレ含む。

 

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先ずは『大仏廻国 The Great Buddha Arrival』に関して。『大仏廻国 The Great Buddha Arrival』とは、円谷英二の師匠にあたる枝正義郎監督が1934年に製作した昭和初期の日本産特撮映画『大佛廻國』を横川寛人監督が現代版に製作したリメイク作品である。御承知の様にオリジナルの『大佛廻國』は戦災によるフィルム消失によって鑑賞不可能とされており、現在は当時の新聞や雑誌の記事に掲載されたスチル写真や広告、批評等から断片的に作品へ接触する他、手段が無い。僕は兎に角、名古屋城を見下ろす人間的な表情をした大仏様の写真を見た時の衝撃が強烈で暫く執着していた作品です(鑑賞のハードルが高い程に執着の度合いが悪化する厄介な性)。荘厳な大仏様の筈なのに此の写真から醸し出されている禍々しさは何なのだ!って。公開当時の映画専門誌に掲載された本作の紹介や評論に目を通すと、前年公開された初代『キング・コング』の要素が少なからず反映されていたようだ。大仏様なので怪獣映画とは呼べないが、国産初の着ぐるみとミニチュアによる特撮作品として『キング・コング』と『ゴジラ』の間に存在する歴史的に重要な映画である事は明白である。粗筋は以下の通り。熱田に近い聚樂園の佛徳宏大な大佛が入魂し開眼して諸國行脚に發足され、先づ東西両本願寺別院から大須観音に御參詣、名古屋城に近づき、犬山城下に宿泊せられた。黎明と共に一宮の眞淸神社に參拜、やがて名古屋市を歩行せられつゞいて日羅寺、釋尊の御遺骨埋葬の霊場を巡り、東海道八つ橋にては小町踊を見物、寺津四十八尺の大佛と御對面。折しも傍の百姓屋で不幸にも死んだ娘の魂を大佛は西方に導かれる。かくて娘は極樂へ。不信の亡者は地獄へ。やがて大佛は昇天し、瑞雲に包まれ五彩の花片に飾られて東京へ行かれるのであった。(1934年11月発行「キネマ旬報」掲載) 要約すると「大仏に魂が入って名古屋近郊を巡遊する」と云う奇天烈な異色作。大仏が汽車を跨いだり、三階の家屋を枕に寝たり、掌の上で舞妓を躍らせる等の奇想天外極まりない大仏の姿を特撮を駆使して描写された様だが、極楽地獄を表現した場面のみが安藤春蔵氏の撮影による天然色(テクニカラー)だったのは特筆すべき技法だろう(しかし、粗筋が掲載された上述のキネ旬同誌の批評欄には仕上がりが「汚い」と酷評)。此の極楽地獄のシーンには、女学生による同性心中を発端に若者が次々に三原山の噴火口に飛び込み1933年だけで944人が三原山で自殺した悲惨な「三原山ブーム」等、当時の時事問題も織り込まれていたと云う。さて、原作の概要は此処迄として今回鑑賞した『大仏廻国 The Great Buddha Arrival』。原作で描かれた生死のコンセプトや若者の自殺に対する警鐘が現代にも通ずるとの見解、特撮映画史の中で価値を再定義すべく特撮ファンのクリエイターが結集して製作された本作。上述の原作の粗筋を頭に入れて鑑賞すると、リメイク作品と云うよりもドキュメンタリーの体裁で描くリスペクト作品と云う印象。粗筋は以下の通り。2018年9月。テレビ局の下請けをする映像制作会社のディレクターの村田は、84年前に大仏が動いたという事実を知り、それをテレビ番組のネタとして使えないかとテレビ局プロデューサーの田中に提案する。田中は大仏が動いたことに半信半疑ながらも、村田に制作のGOサインを出し、村田は取材のため愛知県東海市聚楽園へ向かう。そこにはかつて、人々の祈願に応じて立ち上がったという聚楽園大仏があった。聚楽園で大仏および大仏関係者の取材を終えた村田は関東のオフィスへ戻る。するとアシスタントの北山から、1934年の動く大仏の正体は、「大仏廻国」という映画のワンシーンだということを聞かされる。また、この映画は、監督である枝正義郎の実体験を元にして制作されたことも明らかになった。村田はサーチを続け、1934年の大仏事件は同時期に起きた「三原山自殺事件から始まった自殺ブーム」と関連しているのではないかと気づき始める。そして、動く大仏の目撃情報は、「関東大震災」「第二次世界大戦」など、多くの「死」が関係する出来事にも頻繁に起こっていたことが判明した。その夜、村田は連日の取材の疲れもあり、ふとオフィス内の机で居眠りをしてしまった。その時、大きな地震が起こる。慌てて起きた村田がテレビやインターネットに流れるニュースに目をやると、信じられないような出来事が起きていた。茨城にある巨大仏が突如歩き出したのである。1934年と同じ現象が現代に再び起こったのだ。大仏はゆっくりと東京へむかって歩きはじめ、また多くの人々が目撃する。「大仏がなぜ動いたのか」と世界中の有識者が議論しているなか、アメリカのメアリー・グリーソン博士はこう唱えた。「大仏は希望の存在として現れたのだ」と。(『大仏廻国 The Great Buddha Arrival』パンフレットより一部引用) 大仏の巡遊を主軸に描かれた原作に対して、本作は動く大仏を追求する人間のドキュメント。原作を俯瞰的視点から捉えた大胆且つ斬新な設定に加えて、主人公・村田の探求心は鑑賞不可能な『大佛廻國』を追い求める僕の好奇心と重なり没入感に浸れたのだが、中盤から漂う死臭と共にややテンポが狂い出し、最終的には不穏な余韻を抱えたまま「帰って来たヨッパライ」を耳にぶち込まれる壮絶な最期だった。最後まで仕事に執念を燃やす村田の目が妙に不気味に映る。人間の執念は気持ち悪い。死後も尚、浄化されずに残留してしまうのか。特に印象に残っているのは、モノクロとカラーを意図的に使い分けて時代を表現した演出。オープニング映像が至高。『大佛廻國』に対する溢れんばかりの情熱が濃縮された傑作。僕がリメイク作品に期待し、切望していた大仏特撮の具現化に興奮を抑え切れなかった。ただもうオープニング映像が最高潮と云うか、現代の物語や「死」を象徴していた大仏の出現が何となく暗鬱で後味が苦い。物語に変動を与えた地震は我々にとっても身近な脅威だし、前触れも無く突然死んでしまう「生」の儚さも映像を通して十分伝わるのだが…。トークショーでの横川監督の話によると、制作の過程で映画の内容が変貌していった様で最初は「宇宙人を登場させる」と云う驚異の構想もあったそうだ(そうした経緯があった為に、結果錯綜した物語になったのだろう)。刮目すべきはやはり、大仏の特撮シーン。現代の東京を徘徊する"だけ"と云う地味な演出には落胆したが、もはや重要なのは内容ではない。動き歩く大仏を特撮映像として残す事に意義があるのだ。そもそも特撮史上の重要作品にも関わらず、歴史に埋もれてしまった『大佛廻國』を取り上げ、枝正監督の偉業を尊重して後世に伝承すべく熱意と愛情に満ちたリスペクト作品を仕上げた横川監督を始めとする制作陣の行動に敬意を表したい。大仏出現時の有識者パニック、怪獣の足音を想起させる大仏の起動音、十分満たされたよ。ちなみに本作が「2020年版」と銘打たれているのは、新キャスト(古谷敏氏、佐野史郎氏)+シーン追加の為。今後は枝正監督の出身地である広島の上映を目標にされているとの事。

 

f:id:zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz:20201206150753j:plainf:id:zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz:20201206150803j:plain↑ 僭越ながら横川監督と一緒に御写真(ガッツポーズ)。出演者のサインが集結した貴重なポスターを持つ手が寛大に震えた上に緊張し過ぎて小並感炸裂させてしまった。監督が美青年でぼかあ吐血寸前だったよ……クッ…

 

公開が迫る『ネズラ1964』の予告編は、マンモスネズラ役の大橋明さんのモーション撮影、「ネズラマーチ」を熱唱するマッハ文朱さん、ネズラに襲われる(?)斉藤麻衣さん等のメイキングを鑑賞。精巧なミニチュアと生きてるネズミが同居する映像にただただ本編への期待値が上昇したのだが、フライヤーの作品紹介欄に「『ネズラ1964』はそんな『大群獣ネズラ』製作奮闘記をモチーフに描く。」とある。此方もドキュメンタリー調の映画なのだろうか。1964年公開予定だった『大群獣ネズラ』は、四国の宇和島で野生の鼠の大群が出て農作物を荒らして家畜迄もを齧り大被害を出したと云う実話から着想を得た「大群による恐怖を狙った」怪獣映画。概要は省略するが、当時の撮影記録が掲載された雑誌記事に目を通すと撮影現場は日夜苦悶していた様で、第一鼠の扱いが乱雑。鼠に餌を与えず空腹を利用して物に襲い掛かるカットを撮影したり、催涙ガスを扇風機で吹き付けた上に大きな音を立てて鼠を強制的に走らせたりと、そりゃ余裕で死ぬわと云った納得の実態。ちなみに『ネズラ1964』に登場する鼠達は健康を配慮されながらの撮影だったそうで、現在は皆無事にブリーダーさんの元で元気に暮らしているらしい。その内一匹は、元々鼠嫌いだった横川監督と同棲してるんだって!(めでたしめでたし)

 

f:id:zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz:20201215045939j:plain↑「近代映画」1963年12月発行「お正月に登場する2つの空想科学映画」より。『大群獣ネズラ』の撮影風景。