これでもくらえ

なにもかもウルトラQのせいだ

映画『エノケンのびっくり人生・がっちり時代』(1938、1939年 東宝)

 

「ニュースカメラマン・シリーズ」として製作された前後編の二部作、山本嘉次郎監督『エノケンのびっくり人生』(第一編)、『エノケンのがっちり時代』(第二編)を鑑賞。僕はどうやら円谷英二監督が特撮を務める『エノケン孫悟空』に出会ってから、魔性の魅力を持つエノケンの沼へ片足を突っ込んでしまったようだ。二村定一氏共演で益々萌える。 本作は「黒澤明DVDコレクション」(朝日新聞出版)の1作として、今年初めてDVD化された映画である。孰れも監督・原作・脚色を山本嘉次郎氏、製作主任を黒澤明氏。東宝映画東京撮影所(現:東宝スタジオ)を舞台に、田舎で乗合自動車の運転手として働く健ちゃんこと西澤健二郎(榎本健一氏)が憧れの活動俳優を目指して撮影所で奮闘する現代ミュージカル喜劇。本人役として出演する東宝専属スターを交えながら、撮影所の裏側をあらゆる角度から惜しみなく披露した演出だけでも一見の価値あり。

 

f:id:zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz:20201123011035j:image↑ 「キネマ旬報」1939年新春特別号掲載の広告。前編は1938年12月29日、後編は1939年1月4日封切りとのこと。

 

第一編『エノケンのびっくり人生』、田舎で乗合自動車(木炭バス)の運転手として平凡に働く健ちゃんは密かに活動の役者になる夢を抱いていた。そんな或る日、トラブルを起こしてバスの運転手を解雇されてしまう。結婚を約束した恋人のお花ちゃんと途方に暮れていた矢先、映画『丹下左膳』のロケ隊を乗せた自動車が二人の目に留まった。躊躇うお花ちゃんを置いて、ロケ隊の元へ走り出した健ちゃんは生の撮影に感動。撮影の合間、丹下左膳に扮する大河内傳次郎氏に意を決して突撃。「僕を俳優にして下さい。」俳優志望の胸の内を告白した健ちゃんへ、大河内氏は雑誌に掲載された東宝映画の男優募集の試験応募を推薦した。大河内氏との出会いによって役者への憧憬が益々強くなった健ちゃんは応援してくれる母から受け取った父の形見の煙管を護身用に、お花ちゃんに別れを告げて映画の都、東京へと旅立つ。しかし試験は不合格。めげずに俳優養成所に入会して稽古に励む健ちゃんは、同養成所で女優を志すかすみ嬢と出会う。間もなく、かすみ嬢は東宝映画のエキストラ参加を切欠に俳優部の研究生として招聘を受け、養成所を退会した。東宝撮影所へ向かったかすみ嬢の後を追う健ちゃんは、その稀有な才能を認められて遂に仕事を与えられた。一方、田舎の母とお花ちゃんへ健ちゃんから手紙が届く。「僕は役者なんかになるのを止めました。役者なんて男子のやる仕事ではありません。その代わり撮影所で一番高い機械を扱う仕事をしています。僕は運転手をやって機械の知識があるものですから一台何万円と云う機械をこの僕の腕一本に任せてくれたのです。どうぞ喜んで下さい。」吉報に胸を躍らせる母とお花ちゃんは健ちゃんが「カメラマン」に出世したのだと大歓喜。しかし健ちゃんに与えられた仕事の実情は「ワゴン車の掃除人夫」だった。役者の夢を諦めずにいる健ちゃんはワンサガールかすみ嬢の伝手で撮影所へ潜入。人目を盗んで密かに撮影の見学を愉しむが、不法侵入を行った上に後を追って来た守衛へ抵抗を働き、撮影を妨害を行ったとして休職処分を受ける始末に。健ちゃんのピンチに颯爽と現れたかすみ嬢は、再び撮影所で働けるように新たに天井裏の照明係の仕事を紹介するが、舞台で歌う歌手の三村清一にイタズラを働いてしまい…。

感想:先に結論云わせてくれ、まさかのタイトルオチ\(^o^)/後編に備えて快調なリズムで進展する前編。先ず、冒頭で健ちゃんが夢の描写が妙に現実味を帯びている。煌々と輝くラインダンスと共に健ちゃんがレビューを披露する場面は健ちゃんが持つ願望夢だが、突如健ちゃんのレビューを破壊する銃の乱射騒動に加えてインサートされる脈絡の無い現実と空想の狭間を行き来した画の数々は正にこれは眠った後に見てしまう、纏まりがなく不合理で奇妙な夢の世界の構成と類似していると思った。俳優志望の平凡バス運転手が上京して奮闘する物語が主なる骨子となっている一方で恋人のお花ちゃんに加えて東京で出会ったワンサガールのかすみ嬢との恋愛模様も平行して描かれている。果たしてかすみ嬢の好意は「恋人として好きだから」なのか「俳優志望の同志だから」なのか絶妙なバランスを保ったまま後編へ引き継がれる。そこへかすみ嬢を狙うキザな歌手の三村(二村定一氏)も参入して一層関係性が複雑化するのだが、気持ちよく歌唱する三村に悪戯を重ねる健ちゃんが只管に無邪気で可愛い。三村とかすみ嬢の間に介入した健ちゃんの悪戯は、嫉妬心だろうか。それとも単なる好奇心?(その後、照明で三村のスーツを焼こうと自らの悪戯的な欲求で単独行動をしているので彼を甘く見てはならない。) こうした恋愛事情を写しながらも疾走感のあるコメディに走り切っているので嫌味がない。そしてやはり東宝撮影所の壮大な外観と内部構造の一部を多方面から映し出した演出に見惚れる。建物に限らず、俳優達の舞台裏をも捉えているのだ。ワゴン車の掃除をする健ちゃん視点で描かれる敷地内の俳優達が順々に映し出される場面は、健ちゃんが撮影所へ興味を抱くプロセスの一端として重要なシーンだと思う。印象に残っているのは、子供達に混ざって『丹下左膳』のロケを見詰める健ちゃんの純粋で素直な姿。あと、健ちゃんが家で「雨のブルース」を歌い出すと本当に雨が降ってきて(この時点で傑作)家の中で傘を差さねばならぬ程の雨漏りの中へかすみ嬢が現れるワンシーン。心地良い雨音の中で秘密を共有した二人の姿がロマンチックである。(※ボロ家の雨漏りシーンです。) 本作では、健ちゃんが田舎で操縦する木炭バスと、健ちゃんが上京して接触した東宝撮影所のワゴン車、相反する都会と田舎の象徴として二つの乗物が登場する。視覚的に感動したのは、煙突から煙を出す木炭バス。DVDソフトに付属された作品解説によると、正式名所は「石油代用燃料使用装置設置自動車」。石油枯渇に伴い、木炭等のエネルギー源を不完全燃焼させ、その時に発生する可燃ガス(一酸化炭素)でエンジンを回す自動車だそう。本作で描出された通り、実際に坂道で急に速度が落ちた上にエンジンが停止してしまい、乗客が降りてバスを押す事も珍しくなかったそうだ。それでも良いから乗車したい。

 

f:id:zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz:20201125232136p:plain↑ 『エノケンのびっくり人生』本編より。丹下左膳に扮する大河内傳次郎氏の殺陣を真似する無邪気な健ちゃん。

 

第二編『エノケンのがっちり時代』、再び掃除人夫に戻った健ちゃんは数々の失敗を経て挫折し、遂に役者を諦めかけていた。一方、かすみ嬢はワンサガールとしてスター女優とは程遠い立場にいる。健ちゃんはロケに向かうかすみ嬢の後を追って、無断で車のトランクへ侵入。自称晴れ男の健ちゃんは「お天気係」としてロケ隊の一員に。しかし毎日雨続きでロケ中止となり、健ちゃんの嘘がバレてしまう。一時は監督に締め出された健ちゃんだが、持ち前の根性で旅館に留まり時間を持て余しているロケ隊の俳優達と共にゲーム遊びや隠し芸大会に参加して娯楽に勤しむ。東京に帰ると、田舎の母とお花ちゃんが一流の「カメラマン」として出世した健ちゃんを一目見ようと上京するとの電報が届いていた。無法者の掃除人夫としての現状を母とお花ちゃんが知ったら失望するだろうと大慌てした健ちゃんは混乱して自殺を試みるも、天井の柱に掛けた紐で首を吊ろうとした拍子にボロ家が崩壊。出世姿に期待する母とお花ちゃんと傷付けまいと健ちゃんの切実な相談を受けたかすみ嬢は、大部屋の俳優達に頼んで健ちゃんを「1日限りのカメラマン」に仕立てる約束を交わした。翌日、かすみ嬢の手引きで拝借した映画『吾亦紅(后編)戦野に咲く』の撮影セットに招かれた健ちゃんの母とお花ちゃんは健ちゃんの取り繕われた出世ぶりに感動。昼休みに入り、虚像の世界に終止符が打たれて無事に事なきを得る筈だったが、愛を確かめ合う健ちゃんとお花ちゃんの姿を目撃したかすみ嬢はショックの余りに、健ちゃんを追跡中の守衛に居場所を告げ口してしまう。健ちゃんは度重なる妨害行為により、撮影所を出禁になっていたのだ。守衛達に追い掛け回されて撮影所の敷地を駆け回る健ちゃんは逃走に夢中になってセットの飛行機に飛び乗った。所が、その飛行機は空中爆破用の飛行機であり、健ちゃんが気付いた時には既に飛行機は宙に浮いていた。健ちゃんの命が危ない!機内にパラシュートを発見した健ちゃんは一命を取り留めたが、とうとう映画スターの夢を綺麗に忘れ去り再び地元で乗合バスの運転手に逆戻り。平凡で退屈な日常が始まる…と思いきや、鬼熊事件以上に凶悪な大量殺人事件が山中で勃発。偶然に犯人の手掛かりを掴んだ健ちゃんは新聞社からカメラマンの仕事を獲得する。犯人出現の報せを聞いて大張り切りで家を飛び出した健ちゃんは山中の犯人と命懸けの大接近!撮影所で見様見真似に覚えた独自のカメラ捌きが好評を博し、新聞社に認められた健ちゃんは晴れて"本物の"ニュースカメラマンとして勇壮に戦地へ出発したのであった。

感想:緊張感走る健ちゃんの自殺未遂シーンも壮大なギャグのスケールで笑いに変換する逸脱したセンスに拍手。(家全壊は笑う) 前編の始まりと同じく、健ちゃんの夢から幕開けとなる後編。前編では踊り子と共にレビューショーで活躍する健ちゃんの姿が夢に現れたが、後編では撮影所に感化されたのか、浪人役や斬られ役を始め、監督、助監督、カメラマン、録音、照明、記録、音響、指揮者が全員健ちゃんと云う、エノケン驚異の1人10役。演じ分けが見事であるのは云うまでも無い。エノケン同士のチームワークが崩れて(?)不穏な空気が漂う時間の中、浪人に飛び付いた斬られ役を捌いた拍子に痛快なテンポへと切り替わる爽快感。そして同時に、想像を絶した軽妙な動作のエノケン指揮者が襲い来る。僕はどうやらこのエノケン指揮者に弱い。何故?解らない。何度再生してもエノケン指揮者の動作に笑い転げてしまうのだ。どうにかエノケン指揮者への耐久を付けようと思って冒頭の該当シーンを何度も繰り返し再生を行い、脳に飽きさせようと努力をしたが耐久が付く所か、とうとうエノケン指揮者が脳裏に焼き付いて思い出し笑いが勃発してしまう始末である。ちょっと疲れているのかも知れない。 雨続きにより撮影が行えずロケ隊一行が旅館で何日も暇を持て余すシーンに対して贅沢な尺の使い方をしており、延々と怠惰に遊び呆ける大人達の姿はやや退屈に感じるものの実際に雨が降る中での撮影の待ち時間は退屈である事に間違いないだろうから、仮に映像の中で生きる人物の状況と観客の心情とのシンクロを計算し尽くして製作された映像だとするならば紛れもなく傑作だろう。日露戦争の勇士であった父の形見である煙管は、もはやただの御守りとして機能を果たしたかに思われたが、恋仇の三村を脅すピストルに昇華して活躍する望外の結果となった。前編では何方かと云えばかすみ嬢が積極的に健ちゃんに好意を寄せていたが、後編では健ちゃんから積極的にかすみ嬢へ接近。かすみ嬢を口説こうとする三村を勇敢に撃退する場面よりも隠し芸大会の時にデュエットをしようと嫌がるかすみ嬢をよそに強引に手を引っ張る健ちゃんに対して心境の変化を感じたが、結局健ちゃんはお花ちゃんとの結婚の約束を守り通した。純真で悪く云えば無知なお花ちゃんがかすみ嬢の内心なぞ知る由もなかっただろうし、健ちゃんがかすみ嬢をどう思っていたのか不明瞭なまま結末となる。ただ一つ明白なのは、かすみ嬢が失恋したと云う事実だけ。特に御気に入りのシーンは、健ちゃんが空中爆破の飛行機からパラシュートで脱出した際の滞空時間。恐らく下からの送風で空気抵抗と落下する勢いを表現しているのだが、ピアノ線で操作してるのではないかと疑う程に帽子の描写まで抜け目がない。そして安堵と不安が混在した複雑な表情を浮かばせながら全身で狼狽をコミカルに体現したエノケンの好演が光る。

 

f:id:zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz:20201126024835g:plain↑ 『エノケンのがっちり時代』本編より。空中爆破用の飛行機からパラシュートで脱出した健ちゃん。(滞空中)