これでもくらえ

なにもかもウルトラQのせいだ

「週刊少年マガジン」栗原眞一君 表紙号リスト

 

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『ぽんぽこ物語』でぽん吉役を務めた栗原眞一君が「週刊少年マガジン」の表紙を飾った号数に関して。完全に私的メモ。『ぽんぽこ物語』のDVDソフトに付属されたブックレットによると幼稚園から「劇団あすなろ」に入団した栗原君は、7歳で生ドラマ『次郎物語』、8歳で映画『智恵子抄』(熊谷久虎監督)、『ぽんぽこ物語』に御出演。その後、講談社の「週刊少年マガジン」の表紙モデル等を務めた後、芸能界を離れている。元々児童劇団に入団されたのは御父様の御意向だったそうだが、小学校に入学してから間もなく(恐らく1年生の途中ぐらいとのこと)学業優先の為に劇団を退団されたらしい。その為『ぽんぽこ物語』のオファーや「週刊少年マガジン」の表紙モデルは退団後の御仕事です。表紙モデルの掲載時期不明の為、1959年の創刊号~1963年の3月迄調査した結果、1960~1962年の間に計12回起用されていた。初登場の1960年6月5日号は、水飲み場にて溢れる水を小さな口で受け止めるあどけない一瞬の煌めきを捉えた日常的なワンショット。演出なのかプライベートなのか黄色い学帽が眩しい。そして誌上にて表紙の世界観についてのコラムが掲載されている。

「朝のうち、ふりだしそうだった空が、からりと晴れあがって、はだもあせばむピクニックびよりだ。「一時間休けい。」いっせいに、水のみ場めがけて走る…。「うまい!」冷たい水が、はらのすみずみにしみわたる。ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、先生が水をのみ音は、いがいに大きい。どっとあがるわらい声が、青葉の丘にこだましていった…。」(原文ママ)

編集者が目撃した光景なのか空想なのか今や知る由も無いが、物語性を付与した事によって一層表紙が魅力的に映る。しかし何だろう、この「見てはいけないポエムを見てしまった」感。無駄に筆致がポエティックなのは何故だ。(嫌いじゃない) 当時栗原君は小学5年生。10~11歳。1949年4月生まれの為、最後に表紙モデルを務められた1962年5月27日号は13歳もしくは12歳終期。端正な御顔立ちと無邪気な笑顔、そして役者の生命が息衝く表情豊かな表現力が彼のチャームポイントだろう。以下、号数リスト。

 

・1960年(昭和35年)

6月5日号㉓、7月3日号㉗

・1961年(昭和36年)

1月29日号⑤、2月19日号⑧、4月2日号⑭、4月23日号⑰、6月11日号㉔、11月5日号㊺

・1962年(昭和37年)

1月7日号②、2月18日号⑧、4月15日号⑯、5月27日号㉒

 

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即急に栗原君の表紙号をコンプしたい所存だが、現在所有している号数は1961年4月2日号と1962年5月27日号。チンパンジーに僕はなりたい。