これでもくらえ

なにもかもウルトラQのせいだ

漫画『太郎とタロー』一峰大二

 

イルカが… イルカがしゃべった!

 

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「小学四年生」1967年7月号の別冊付録、一峰大二先生の動物感動漫画『太郎とタロー』に関して。「五郎とゴロー」ならぬ「太郎とタロー」。障害を持つ少年とイルカの友情を描いた読み切りの長編漫画です。青葉くるみを食べたり巨大化はしません。

主人公は吃音症(どもり)を患う太郎少年。太郎の父は水族館の日本マリンランドに勤める海洋生物学者で、大きなクジラやイルカを飼育している。特にイルカのタローは利口で芸達者であった。イルカが人間の言葉を理解する事への可能性を語る父の話を嬉々として耳を傾ける太郎だったが、登校となると一変して暗鬱な表情を浮かべた。吃音症を侮蔑する同級生が「ドモリの太郎」と太郎を異端視し、嘲笑するのである。同級生の理不尽な態度に反撃して殴り合いの喧嘩に発展してしまう事もあった。太郎は吃音を嘲弄する同級生に対して反攻する勇猛果敢な反面、傷心の日々を送っていた。そんな病める太郎の心を慰めたのはイルカのタローだった。どもりながらタローの名を呼ぶ太郎に対して、タローはジャンプして嬉しそうに応えた。言葉は交わせなくとも真心を通わす太郎とタローの間に友情が芽生えたのだ。一方、イルカが人間の言葉を話せるか研究を続ける太郎の父は水中でも会話が可能な「水中発声器」を発明。その日から太郎は毎日水中発声器を使ってタローとの会話を試みて繰り返し名前を呼び掛けた。しかし、タローはなかなか人間の言葉を喋らない。そこへ先日の喧嘩で傷を負ったと因縁を付けて復讐に現れた同級生がバットで太郎を殴打。意識が朦朧とする太郎はよろめきながらイルカを飼育している水槽に落下、沈溺して水中で意識を失ってしまった。異変に気付いたタローが太郎を突いて呼び掛けるが応答は無い。タローは仲間のイルカに応援を仰いで、水面まで太郎を誘導。研究所に居た太郎の父に緊急事態を知らせ、無事に一命を取り留めた。その夜、日本マリンランド付近に台風が接近していた。予想外の猛威を振るう台風は、川の堤防を決壊してマリンランドに洪水が襲い掛かった。そして川の泥水がタロー達のイルカの水槽に侵入。太郎はバットで殴打された体が痛む中、泥水に苦しむタローを救助する為に水門を開けて解放しようとするが、管制室の扉を破って浸水した泥水に襲われて水門を開ける事は叶わなかった。騒動の後、衰弱するイルカ達は実験用の水槽で治療を待っていた。回復した太郎は真っ先にタローの水槽へと駆け寄るが、既に死期を迎えて苦しむタローは最後の力を振り絞って太郎へ「タロー、スキ」と呟いたのである。太郎の父はイルカが人間の言葉を話した事に驚愕するが、唯一の友人を失った太郎は、感情的に泣き叫んだ。絶望と悲しみの中、タローの死を訴える太郎に対して、父は「よかった。」と安堵した。「なぜタローが死んでいいんだい。ちっともよくないよ。」と反論する太郎は、自分の吃音が治っている事に気付く。太郎の父は、タローの死では無くてどもらずに言葉を発する太郎の姿に安堵していたのだ。こうして太郎はタローの御蔭で吃音を完治させたのだった。

 

f:id:zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz:20200917164957j:plain↑ (右)同級生に嘲笑されながらも勇敢な太郎。(左)父の発明品「水中発声器」を身に着けてタローと交流を深める太郎。

 

本誌を開くと、先ず一峰先生が読者へ向けたメッセージが綴られている。「動物は、ことばを話すことができません。今まで人間は動物を愛するまごころだけでつながりを持ってきました。でも、人間のことばがわかる動物がいるのです。といったら、あなたたちは、「そんな動物がいるのかなあ?」と思うでしょう。でも、ちゃんといるんです。それは、イルカです。まあ、このイルカのタローのお話を読んでください。」…本作は、80頁の予定だったが当時どうやら一峰先生が急病だったそうで64頁に減少されたらしい。(65~80頁は「クイズコーナー」を掲載。) 日本で喋るイルカと云えば鴨川シーワールドシロイルカ「ナック」が人間の声を真似て喋ると以前話題になったが(そもそもイルカに声帯は無いようだ。)、正しく本作は「イルカが人間の言葉を話す」事を主軸に展開される少年とイルカの友情物語。主人公は、吃音症を患い言葉が苦手な少年の太郎君と人間に通じる言葉を持たないイルカのタロー。種族が違えど絶妙な通有点がある2つの命が心を通わせながら交友を深める過程でキーアイテムとして登場する「水中発声器」は、太郎の父が「イルカの研究の為」として開発した発明品として登場する一方、「太郎君が言葉を話す為」に開発された気がしてならない。海洋生物学者である前に太郎君の父であるが故に息子を労わる親心の結晶が「水中発声器」なのだと思う。水中発声器を使った実験は、無口の克服に繋がる太郎君、人間の言葉を喋れる様に訓練するタロー、2人が成長する為の試練だったのだ。結論、タローの死と引き換えに太郎君は吃音を克服し、実際に物語は「自分を好いてくれるイルカを失ったかなしみが太郎くんをなおしたのだから。」と締め括られている。果たしてそうなのだろうか。友人の死を通じて多かれ少なかれ人が成長するのは事実だろうし、たった1人の友人を失った悲劇は痛ましいが、太郎君がタローを失った悲しみ以上に太郎君の吃音を異端視する事もない真の友情を育んだタローと心を通わした日々が太郎君の吃音克服に繋がったのだと信じたい。それにしても、イルカが言葉を発した衝撃とタローの死のショックで動転する中、太郎君の好転と前進によって見事ハッピーエンドに仕上げた一峰先生の技量に驚かされる。