これでもくらえ

なにもかもウルトラQのせいだ

『白獅子仮面』に関して

  

シシクーーーーーーッ!

 

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はい。『白獅子仮面』の感想です。1973年放映、全13話。1クール終了。時代劇に変身ヒーローを加味した特撮時代劇。毎回異なる妖怪や怪物が登場します。主演の三ツ木清隆様の凛とした風貌と、妖怪達のユニークな造形の対比が絶妙なバランスを生み出しており、合成じゃないのに一つの個体が複数登場する絵面が奇妙で愉しい。嘗て実在した町や人物にフィクションを織り交ぜた作品で、主演の三ツ木様に惹かれたのは否定出来ませんが、『仮面の忍者 赤影』で監督を担った小野登監督が話の半分以上演出されているそうで。舞台は、江戸時代。大岡越前南町奉行を務めていた頃。行政に奉公する御奉行様とは、裁判官に値する職業ですかね。突如天変地異に襲われ、混乱する江戸の町に便乗して人間離れした脅威の力で放火や殺人等の悪事を働く怪物が出現。怪物の指揮官である火焔大魔王は、悪の力で江戸の町を支配しようと企んでいる怪人だ。危機に瀕した江戸の緊急事態に備えて、大岡越前は影与力の剣兵馬指揮の元、武装同心隊を結成する。順調に怪物を追い詰めた兵馬だったが、怪物一味の巧みな罠に掛かって力尽きる兵馬の元に兵馬の名を呼ぶ生首獅子面の怪人が現れ「兵馬よ、獅子吼(シシク)じゃ」と、諭した。怪人から悪を滅ぼす使命を託された兵馬は、二丁十手を重ねて「獅子吼」と叫び、忽ち正義の使者・白獅子仮面に変身。以後、火焔大魔王率いる妖怪や怪物の襲撃で危機に陥った兵馬は、主要武器である二丁十手で江戸の町を悪から守る剣士として闘いに挑む。最大の疑問である兵馬の前に現れた獅子面の怪人の存在は、不明瞭なまま最終回を迎えていますが、胴体がない頭だけと云うのがどうも気掛かりで実像のない神様だとか、最終回に登場する「白獅子の星」の守護神若しくは使者の化身か。兵馬の変身は、白獅子の怪人の力を借りてると云うよりも、一心同体によって変身する演出ですよね。現に、兵馬は白獅子の怪人から特別変身アイテムを授かった訳では無く、自身の主要武器であった二丁十手に獅子の怪人の志である「獅子吼」を重ねて変身する。だから、兵馬の武器だった十手は白獅子仮面に変身すると活用される事無く、白獅子仮面は剣や鞭を駆使して悪と闘う。現に、悪に対抗する兵馬と獅子の怪人は同志です。妖怪や怪物を部下に、暗躍する悪の帝王火焔大魔王の目的は、大江戸の支配。相次ぐ天変地異で混乱する江戸の町は、火焔大魔王の野望を果たすには絶好のチャンス到来だった筈だが、江戸の秩序を守る為に働く越前とその懐刀の兵馬によって停滞に陥り、「越前と兵馬(及び白獅子仮面)の討伐」が優先される場合もあり、物語は大きく「江戸の襲撃する」町規模の場合と、「越前と兵馬を襲撃する」個人的なケースと2種類の仕掛けで構成されている。例えば、#2「雨もないのにカラカサ小僧」は、続く天変地異によって深刻な水飢饉に陥った江戸の町に、閻魔大魔王はカラカサ小僧団を送り込み江戸中の井戸に毒を投げ込み、町民の水飢饉を悪化させると云うかなり残忍なやり方で、水不足で力尽きてる町民の描写から受ける災害的恐怖やカラカサ小僧の独特な風貌(足が一本じゃなくて二本)、高い戦闘力も相俟ってトラウマ回と呼んでも過言では無い一作だが、事の始まりは江戸の襲撃であり、火焔大魔王の本望である江戸の支配に直接繋がる。変わって、#7「必殺コウモリ男」の様に、越前の抹殺に執念を燃やし、直接大岡邸にコウモリ男を送り込み襲撃させ、本来の目的に反れて越前の殺害を主軸に物語が展開される話もある。偶然留守中であったり、兵馬の護衛によって危機を脱するが、越前が懇意にしているシジミ売りの三太少年に目を付け、人質に捕えた挙句、越前と兵馬を引き離すと云う、コウモリ男の卑怯で極悪非道な作戦(火焔大魔王の意も大いに含んでそうだが)が実行された。上記の通り、江戸の町ごと襲撃するパターンと、越前及び兵馬を襲撃するパターンで大きく2種に分類出来る中で、異端なのは、町民に妖怪を憑依させてしまうパターン。該当話は、#6「妖怪女狐参上」、#11「三ツ目の一ツが飛んでくる」。妖怪は人間の心の闇が生んだ者だと云われていますが、正しくそれを顕在化した様な内容で、特に#6は僕の好きな回です。継母に虐められている森田屋の娘・おみつは、実息子である弟と差別される日々を送っており、過失であったが、継母によって片目を潰されてしまう。父を取られた悲しみ、弟との確執、汚された美しい顔…恨み重なるおみつに目を付けた妖怪女狐は、おみつを「復讐」と云う名目で救済の手を差し伸べ、己の戦闘力として妖怪の能力を与える。女狐の誘惑に応えたおみつは、妖怪に成る事を受け入れ、片目が潰れている事から「片目」との愛称で女狐達と共に悪行を働いた。そして、片目は復讐を果たすべく継母の居る森田屋への襲撃を越前に予告。片目の復讐だけが目的ならば、事前に予告する必要性は無いので、あくまで女狐は片目を戦力として利用しているだけであって、本来の目的は越前と兵馬の殺害である事が窺えます。容赦なく無差別殺人を犯す女狐の残虐性、他人を虐めたり、恨んだりする人間の心の弱さを描いており、越前様が戦闘に加わったり、兵馬が女狐の妖術に苦戦したりと、森田屋襲撃の戦闘は特に見応えのあるシーンに仕上がっている。人を虐めたり恨むだけが人間では無く、人を許したり思い遣れるのもまた人間の良さであると、白獅子仮面が教示した印象に残る一作。#11は、御奉行である越前を恨む罪人の悪源太を火焔大魔王が利用する話で、妖怪三ツ目入道の能力を与えられた悪源太が怨念募る越前を磔の刑に処すと云う、理不尽展開。そもそも罪人を処罰するのは越前の仕事であって、禁じられている殺人強盗等の悪事の限りを働いた悪源太の行いがそもそもの元凶だから、完全に悪源太の逆恨みである。しかし、悪源太が何故殺人や強盗をしなくてはならなかったのか?を辿ると、江戸の秩序を保つ象徴であった越前が恨みの対象となってしまったのだろう。結局、女狐と同じで、人間の弱い部分に付け込んだ火焔大魔王の配下として利用されただけであって、最期は白獅子仮面の聖剣によって処刑された。本編は京都で撮影しており、京都映画と宝塚映画が制作協力しているだけあって、映画宛らの本格的なクオリティの時代劇に仕上がっていて、実質1話完結の話が30分枠に濃縮されているので、13話で終わってしまったのが本当に惜しい。2クールあれば、小柄の名士だと云う越前の妹・縫の活躍が披露されたのでは無いかと思うと益々惜しい。縫は、立ち位置も良いし、序盤で見せた戦に対する心意気をもっと生かせたと思う。後半に成るにつれて空気と化していたのは本当に残念。その代わり、兵馬の成長は歴然としていて、#12で怪人ヨロイ武者二人を相手に魅せる殺陣は息を呑む迫力です。御約束の二丁十手の回転は、序盤と異なる気迫に満ちてる。(十手の紐を口で咥えて操る仕草マジで最高。) ヨロイ武者の王との一騎打ち、そして「悪は滅び、正しきは勝つ。正義の剣受けてみよ!」の決め台詞に痺れた。白獅子仮面の風貌は怖いですが(時々中の人の目が光って益々怖い)、悪を滅ぼさんと江戸を守る為に正義前提に戦っているので立ち振舞いは格好良いンです。いや、白馬やマントでだいぶ補正されてるのかも。(笑) スーツ、3話まで純白ですが、4話以降はラメの入った銀の生地で豪華になってる。最終回は、敵対相手との結末が似ているのと、主演が同じ三ツ木様なだけに、『光速エスパー』観た後の喪失感と重なってしまい、不覚にも泣いた。世から悪を滅ぼす代償はあまりに重く、残酷だ。縫は絶対行く行く兵馬と結婚してたと思うよ。夜空に浮かぶ勇ましい白獅子の御尊顔と、兵馬の爽やかな美しい笑顔によって再び泣きじゃくる僕を、愉快な「十手のマーチ」が救ってくれた。古城武司先生の妖怪達、実に味のある筆致で描かれており、秀逸極まりない。陽性な色合いも好きだ。カラカサ小僧の内部とか絶対オリジナルよりこっちの方が(・∀・)イイ!!

 

f:id:zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz:20191129013808j:plain↑ 『白獅子仮面』はこの御二方の関係性に限る。(御奉行命の兵馬君かわいいよ兵馬君) 最終回で窮地に陥った越前を救う兵馬の雄姿は、白獅子仮面としての姿だけど、懐刀としての忠誠心を発揮した名シーンだと思う。

 

追記:白獅子仮面の正体は周知にバレていたのか問題。兵馬は秘密にしている様子もないのだろうし、そう云う約束を獅子面の怪人と交わしていない。兵馬が白獅子仮面に変身する時、「偶然目撃者がいない」と云う必然(?)により、白獅子仮面の力を頼りにしている訳でも無く、兵馬も危機的状況に陥るまでは兵馬として戦っている。最終回では、白獅子の星が輝いた時、誰しもが兵馬を想っていた様子からして、兵馬=白獅子仮面である事は皆知っていたのではないかと思われる。特に、御奉行様はファーストコンタクトから白獅子仮面は兵馬だと勘付いてたのではないか。(根拠はないけど。←おい) そんな事より、白獅子仮面の相棒である白馬はマジでどこに帰るんだろう。