これでもくらえ

なにもかもウルトラQのせいだ

『怒りの孤島』を白黒で観ました。

 

「舵子事件」を御存知ですか。戦後間も無い1948年に山口県の孤島・情島で起きた児童虐待事件の呼称です。古来、情島では、漁船の舵を取る役目を子供にさせる「舵子制度」と云う風習が続いており、その役目を担う子供は「舵子(かじこ)」と呼ばれていた。元々は、島の子供達を使っていたが、人手不足が次第に悪化し、戦後には他県から「労働力」として、時には「補導」の名目で、未だ義務教育も終えていない戦災孤児や貧しい家の子供を、正式な労働契約は交わさずに、公の児童施設所から秘密裏に買って、日夜過酷な労働を強いる上に、十分な食事と休養は赦されない卑劣極まる仕打ちを与えた。未熟な漁に失敗したり、強制労働に耐えかね、島から脱出を試みた者が居れば、親方(舵子を買った雇主)から、理不尽に暴力を振るわれリンチを受けたと云う。一連の事実は、過酷な舵子の労働に耐えられず島を脱出した2人の少年が、久賀町で空腹の余り道路に干してあった豆を盗もうとした所を警察に発見され、事情聴取を行った際に、児童虐待、過酷労働、人身売買、そして15歳の舵子が監禁放置の果てに死亡したと云う、生々しい情島の実情が発覚したのであった。以上の「舵子事件」を題材にした映画が存在する。久松静児監督の『怒りの孤島』である。事件から僅か10年後の1958年2月8日に封切りされた本作は、水木洋子氏が書いたラジオドラマを御自身が脚色を務めた。僕はこの映画を約3年前に渋谷で初観賞したのだが、内容が余りにショックで、暫く放心状態、フラつきながら映画館を出た。そしてフィルム状態が酷く、総天然色の筈なのに全体的に茶黄色っぽく劣化していたり、素人目でも如何にも傷だらけ。何故か、そのフィルム状態が事件の風化と重なって、一層胸が痛むのでした。その時、状態からしてフィルムで観れるのは最初で最後だと思っていたのが案の定、デジタル化して再び渋谷のシネマヴェーラで上映されるとの情報を耳にして、昨日観に行きました。驚いたのが、映画のフィルムって脱色するんですね。映像に疎過ぎて御恥かしい限りなのですが、上映前のアナウンスで「本来カラー作品ですが、フィルムの脱色により、モノクロ上映になります。」的な案内がありました。約3年前に観た時は、フィルムの劣化でカラーだと云う鮮明な印象は残って無かったです。戦後、日本で実際に起きたタブーが黒塗りされたかの様に、白黒映画に変貌を遂げた『怒りの孤島』。隔絶された離島の閉鎖空間で起きた不正な人身取引、児童虐待の発端である「舵子制度」を主軸に、大人達から理不尽に受けた過酷労働や虐待の被害者である少年達の悲鳴を訴える一方で、戦争が生んだ孤児問題や、孤島の貧困によって、劣悪な条件下での生活を強制される大人達の憤慨も聞こえてくる。本作は、少年達の脱出によって明るみに出た舵子の実態や島の内情が警察やマスコミ等の外部に発覚したからと云って、事件が解決した訳では無い。発覚したにも関わらず、立場上抵抗する力を持たない舵子に口止めの圧力を掛け、事件の隠蔽に働く大人達の残忍な対応は、善意さえ蝕む悲惨な貧困と荒廃した環境を示している。特に、脱出者の一人である悌三は、身寄りのニコヨン老人の元へ戻るが「お前の家では無い」と拒絶され、帰る場所を失い、再び島へ出向いて雇主に頭を下げるものの「面倒見切れない」と、追い出されてしまう。とうとう当てを失った悌三は、手当たり次第に頭を下げて、舵子として置いてもらおうと家々を彷徨う最中、島民に盗人だと冤罪を着せられ、虐待の果てに絶壁から転落して亡くなるショッキングな描写は、孰れも事件発覚の後に起こった出来事。婉曲的にしろ、悌三は生きる事すら赦されなかったのである。両親との再会を夢見る、真面な戦争孤児の一人だった。此れ迄「舵子」に関して、詭弁を弄していた島の漁師達は、遂に言い逃れ出来なくなり、やがて暗い日々を送っていた舵子達に僅かな光が見え始めた。しかし、貧困した島の人々の生活は?島を出た舵子達が幸せに暮らせる保障は?不安や問題は尽きないのだ。悌三が死んだ後、島へ訪れた身寄りのニコヨンが囁いた「貧乏で無ければ」的な台詞が遣る瀬無い。

 

f:id:zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz:20190704220619j:imagef:id:zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz:20190705044622j:plain↑ 悌三役はスリファンの手塚茂夫君。久松監督にスカウトされ、本作が映画デビュー。食いっぷりが最高でした。

 

本作は、鈴木和夫氏のデビュー作です。デビューにして主演。いや、もうとんでもない怪物ですよ、彼。(※めちゃくちゃ褒めてます) 当時21歳。冒頭で島へやって来る少年達より前に島で舵子として労働する少年・鉄役。今迄愛情に触れた事が無い上に、毎日舵を取る過酷労働に鞭を打たれて、非情な行為にも無感動な薄情者である一方、親友・直二の前では別人の様に心を開いて優しい一面を見せた繊細な少年です。腕を負傷して血を流す鉄に悌三がハンカチを渡す場面、心を完全に閉ざしてる鉄が不躾に悌三の手からハンカチを奪い取る時のですが、鈴木和夫氏の凄まじく尖った眼光に一瞬殺されたかと思った。威嚇にしては強力過ぎる、完全に他人を敵視してる殺気に満ちた目。本当に一瞬ですけどね。ハンカチ奪って、ハンカチ口に咥えて、腕にぐるんって巻いて、その後に上目遣いを悪用したあの一瞬の目。ゾクッと云うか、うわー今確実に僕死んだわーって触感。特筆すべきは、ラストシーン。舵子達は、それぞれ新たな進路へ島を出る中、唯一、舵子制度の部外者であり、島内で裕福な家庭として描かれた吉川先生の元で、介抱を約束された鉄だったが、今迄長い間、愛情を知らず蔑まれて生きてきた鉄にとって、愛情が恐ろしく、温かい家が苦しいのだと、吉川先生の娘・絹子に告白し、島を旅立つ。悲惨な思い出が残る島を離れる事は、自然な心の動きかも知れない。しかし、島に留まり、吉川先生の元に居れば、生活に困る事は無いだろうし、島を出たからと云って幸せに成るとは限らない。此の鉄の行動に関する動機の詳細は不明な為、あくまで僕の解釈だが、舵子が保護された際に、光男と母親、本当の親子を、本当の愛情を目撃した鉄は、「捨てられた」と嘆いていた母親と再会したかったのでは。それにしても、祭囃子を背景に展開される舵子脱出劇は、手に汗握る緊張感と痛快なテンポが壮絶な名シーンですね。物語のターニングポイントでもあり、舵子達のチームワークとか、鉄と悌三の絶妙な距離感に萌えます。(え?)