これでもくらえ

なにもかもウルトラQのせいだ

「2025年からの使者」に関して

 

迫る2020年を目前に、先月「2025年日本国際博覧会」の開催が大阪で決定した。「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、最先端技術の実験場として人工知能や仮想現実など先端技術を駆使した大規模の展示やイベントが検討されている約6年後の大阪万博。夢と希望に満ちていたであろう"1964年の東京五輪と1970年の大阪万博"、そして此れから訪れる"2020年の東京五輪と2025年の大阪万博"には、奇妙な巡り合わせを感じる。僕は当時を体験していないので、過度に物言う資格は無いが、嘗て活気に満ちていた高度経済成長の時代が再び此れから蘇るのだろうか?科学の進歩に伴って人間はどう変化したのだろうか?科学を妄信する人類の未来は果たして明るいのだろうか?東京五輪が開催される2020年にケムール人の幻影を抱く様に、大阪万博の開催決定が発表された時、僕は真っ先に、あ!またケムール人!と頭に過ぎった。2003年~2004年に掛けてTBSラジオにて放送の『ウルトラQ倶楽部』で三幕構成(前後編+クリスマス編)として飯島敏宏監督が脚本を手掛けた「2025年からの使者」がその原因である。日本が世界から脚光を浴びる年に、何故ケムール人の影が潜んでいるのだろう。あくまで完結した「2020年の挑戦」に約38年の経過を伴い後付けしたストーリーで、同じ「千束北男」が脚本を執筆した。直接的な「続編」と銘打つには僅かな抵抗を感じるので、「外伝」と呼ぶ事にする。「2020年の挑戦」では、"2020年と云う時間を持つ"ケムール星から来た、ケムール人を"未来の地球人のメタファー"(憶測)として描かれた。驚異的な医学発達によって人工臓器や人工血液で500年の寿命を手に入れたが、肉体の衰えだけは止められず、当時の現在時刻である1965年の地球上に飛来し、消去エネルギー源を使って人間の拉致を働くが、神田博士の発明品であるKミニオードから発せられるXチャンネル光波によって処刑を受ける。人類の英知によってケムール人を倒せたが、将来の人類を投影した様に思われるケムール人の存在感と、宇田川刑事の奇妙な幕引きに将来の不安が残る一遍だった。一方、「2025年からの使者」は、未来に夢と希望だけを描出した一篇。舞台は、ラジオ放送があった2003年。突如、「2025年」の地球から任務を抱いてやって来た不思議な青年・ハルマが、万城目淳、戸川一平、江戸川由利子を連れて、光速より早いタイムマシンで「2025年」の地球へと向かう御話で、途中時世のブレに突入するハプニングで「2020年」の地球に不時着するのだが、憶測に過ぎない「ケムール星=2020年の地球」を淳ちゃんが、明確に断定しているのは興味深い。不時着した「2020年」の地球は、人間の寿命を倍にする科学が登場したが、それに反比例して心が荒んで各地で酷い戦争が勃発し、敵からの攻撃を警戒する為に背後に目が増えて三つ目となった。 惨憺たる光景が推定出来る、生きた屍と化した悲痛なケムール人の助けを求める叫びを冷静に払い除けるハルマ青年は、過度に進行した文明科学を持った為に、心を失った人間との共存は不可能だと問題を啓示。ハルマ青年の行動は何所か「2020年」の人間を見棄てた様にも見えて、「故郷は地球」が脳裏に浮かぶ。しかし、絶望的な人類の破滅を描いた「2020年」の地球とは異なって「2025年」の地球は、無益な戦争と、破壊的な経済活動が引き起こす災害や疫病を克服した人類の英知と良識、そして自然豊かな人類の理想郷が広がっていたのである。

 

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↑  全長70mの太陽の塔に嫉妬する全長30mのケムール人が、遠近法を使ってズルをしているようだ。(可愛い)

 

放送日の影響か、クリスマス編の「諸人こぞりて」は「2025年からの使者」(前後編)の続編で、「2020年」の地球からタイムトラベラーに乗ったケムール人が「2003年」の地球人の肉体を求めて人間狩りに訪れる。肉体が衰えた為、物理的に若い肉体を求めて拉致を働いていたのは「2020年の挑戦」の設定で、本作は心を失ったケムール人が「生きていく夢」を欲して誘拐を働くと云う明確な相違点が伺える。自分達が失ってしまった希望と生きていく喜びと夢を探し求めて、「2003年」の人間を拉致したが、攫った人間には「希望」が見当たらなかった。(=完全に希望を失っている「2020年」の人間と何所か重なり戦慄。) ただ、生きていく夢が欲しかったケムール人。そして「2003年」で再び生きていく夢と希望を手に入れたケムール人と、「2020年の地球」は、戦争を止めて宇宙で一番美しい平和な星に復興するのだと将来への希望がハルマ青年によって語られる。確かに「2020年」の地球が過度な科学文明によって破綻しているのであれば、ハルマ青年は存在していない。彼の存在こそが、明るい未来の象徴である事に気付かされる。その明るい未来も人類の行動次第で、ケムール人に変貌する危険性を伴っているのだ。オリジナルとは対照的な印象を受ける結末だが、根底に流れる本質は依然として不変である。過度な科学文明によって一度は破滅したが、夢と希望を取り戻し復興した「2020年」と、人智と良識で発展する先端科学を魅せた「2025年」…人類の未来はきっと明るいよ。ね、ケムール君。

 

 

 

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