これでもくらえ

なにもかもウルトラQのせいだ

映画『惡魔の接吻』に関して

 

11月10日の土曜日迄毎日朝10時半~、ラピュタ阿佐ヶ谷丸山誠治監督の『惡魔の接吻』が上映中です。僕は昨年の2月初めて同劇場で鑑賞して以来、先日2度目の鑑賞を果たせました。

 

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↑ 左はラピュタに展示されていたポスター。右は所有の決定稿。題名は『情熱なき殺人』と異なるが、字体は同じ。

 

封切りは約59年前の1959年10月25日。ギャンブルに溺れた月賦販売業の社長が愛人に唆されて妻を絞殺した事を発端に、成功に思われた犯罪が一人の少女によって計画が狂い出すサスペンス。社長役に、河津清三郎氏。妻役、坪内美詠子氏。愛人役、草笛光子氏。少女役、笹るみ子氏。そしてもう一人重要人物として、月賦販売業の運転手兼店員役で、佐原健二様が出演している。初鑑賞の動機は伊藤久哉ことひさやん(僕が勝手にそう呼んでる)の筈が、予期せず西條様が御出演なさっていて危うく奇声を発しかけた映画。西條様が恩師と呼ばれる丸山誠治監督作で、西條様の出番も脇+α役。物語の急展開を誘った少女役の友人(ボーイフレンド?)役で、作品全体を通して観ると解釈によっては重大なキーパーソンだったり。丸山監督が如何に西條様をフューチャーしていたか伺えるのが嬉しい。デビュー間もない瑞々しい西條様は無邪気で愛らしい少年役を見事に好演。個人的に衣装(自前かどうかは不明)を2パターン御披露されていて、特に甲府行きのセーター姿が御気に入り。御帽子も可愛いンだ。以後、他言厳禁な製作者の意向を尊重して結末の吐露は自重するとしますが、初鑑賞の際に受けた印象に加えて新たに抱いた心証を記憶が鮮明な内に遺しときます。(以前遺した稚文の追記程度と御考え遊ばせ) 先ず、題名の『惡魔の接吻』について。接吻とは一般的に愛情や尊敬の表現として唇を相手の唇に重ねる行為を指しますが、此れは紛れも無く殺害予告の示唆。惨酷なまでに情熱的な宣告を受けた者は、必ず死に魅入られる。結末の明示的な表題を設けた決定稿の「情熱なき殺人」よりも情緒的で甘美だ。初鑑賞の時は全く気にも留めなかったのだが、佐原健二様が初っ端からあんなに冷たい目とは。既にもう彼は悪魔に魂を売ってしまった事を主張するかの如く目の奥まで真っ黒。後半の凶悪犯メイクと云えば良いのか、悍ましい形相を表現したメイクに戦慄。元々陽性な佐原様に陰性な格好は似合わない。その異様さと違和感が益々不気味で、冷酷な気配を漂わせているのだろう。情人である草笛光子氏を見つめる目だけが恍惚としていた印象。一連の悲劇の根元には、草笛光子氏が演じた恒子の哀しい過去が潜んでいる。恒子と、坪内美詠子氏が演じた社長の妻幸江は、異母姉妹だった。女中の母の元で生まれ育ち「卑しい女中の子」と蔑まれ苦労して生きてきた上、父親の遺産と土地を奪われた恒子とは対照的に、何不自由なく生まれ育ち社長と結婚して幸せな日々を送る姉幸江への復讐を切望し続けていたのだ。憎き相手を殺め、莫大な遺産を手にする事で、怨恨と執念が解消される筈だった。しかし、人を呪わば穴二つ。どんな悪事も絶対己の身に返ります。恒子の最期は結末に繋がってしまうので此れ以上は自粛。注目すべきは、最期に魅せる健ちゃんの壮絶な演技力。台本には、「じつと死体を瞶め、恐怖の色をみなぎらせて大きくみひらかれた眼。」とシンプルな描写だが、何と表現したら良いのか、今迄感情を殺している様に見えた冷たい目と冷静な態度を一気に翻す不快感を覚える程にストレートな本性が剥き出しになっていた。あとは、最初の妻殺害実行の過程よりも、実行後、死体の始末を無心で行う一連に時間を十分費やした演出が計画性犯行の惨忍さを極めた様に思う。皆大好き予期せぬ事態に焦りまくりの河津清三郎に関しては、僕からは特に何もありません。自分の意思が空っぽで愛人の言い成りになる彼は一番惨めにも見えたな。因みに男性二人を同時に手玉に取る妖美な草笛さんも綺麗で良いのだけど、個人的にはマイペースで勘が鋭い笹るみ子少女の方がキュートで好印象でした。(あーゆう子好きなの)

 

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↑ スタッフと一部出演者の記念撮影。(クランクアップ?)中央の丸眼鏡が丸山誠治監督。助監督の野長瀬三摩地氏もいる筈だけど、当時の御顔をよく解ってないので見つけられず。健ちゃん眩し過ぎゅ。