これでもくらえ

なにもかもウルトラQのせいだ

宇宙人ピピ

 

『宇宙人ピピ』とは、嘗てNHKで1965年4月8日~1966年3月31日までの間に放映されたSFドラマで、実写とアニメを融合する手法を日本で最初に発表した映像作品である。作家として名高い小松左京氏と平井和正氏によるSFタッグの合作で、主人公の「ピピ」は地球よりも100万年進んだ科学力を持つ星から円盤に乗って地球にやって来た宇宙人。放映日時は毎週木曜日の夕方6時~6時25分。「木曜夕方6時」と云えば、NHK開局の1953年から決まって子供向け番組のゴールデンタイムだった様ですね。全52話放映されたが、マスターテープが上書きされていた時代故に、現存しているのは第37話と第38話のみ。先日、Mで目に留まった「いらずら 宇宙人ピピ」と題されたコダマのフォノシート。何故だか気掛かりで手に取ってピピを凝視してると、脳内で「~ピッピッピッピッピ♪」と謎のメロディが!(震撼) (…恐らく、遠い昔にNHK富山放送局のギャラリーで祖父が魚拓の展示会を開催した際、まだ小学生だった僕は在廊する祖父の付き添いで終日ギャラリーに居たのだけど、退屈凌ぎにギャラリーを抜け出して観たNHKの歴史が特集された映像ライブラリーの中に『宇宙人ピピ』が収録されていて、ドラマの内容は記憶が薄いながらも、印象的なオープニング曲だけ体内に刷り込まれていた様だ。)運命を感じた僕は、コダマの「いらずら 宇宙人ピピ」を入手・拝聴。フォノシート2枚入りで、1枚は歌のみ「宇宙人ピピ」と「ピピのうた」の2曲。もう1枚はドラマ「いたずら 宇宙人ピピ」を収録。絵本は映像作品に準じてイラストを写真を融合させた構造で、シートのドラマに沿った内容です。

 

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↑円盤に乗って地球へ飛来したピピを見つけた事をキッカケにピピと友達に成った兄妹。(トシヒコくんとヨシコちゃん)

 

映像作品は白黒だけど、絵本はオールカラー。ドラマの脚本は、多少のニュアンス違いが生じるものの、1965年7月号の「たのしい幼稚園」に掲載された漫画版『宇宙人ピピ』(作、石森章太郎先生。~1966年3月号迄連載され、全9話。) でも、同様の内容が伺えるので、映像作品のシナリオをコダマ企画室が演出を手掛けたのかも。ピピが自棄酒で暴れ回る話(語弊) 約7分で展開されたドラマの粗筋は、学校行事の遠足を明日に控えるトシヒコくんとヨシコちゃんの兄妹が悪戯好きのピピを仲間外れに留守番するよう催促するも、遠足に行きたいピピが当日の朝にヨシコちゃんのリュックへ密かに侵入。即座にバレて、結局留守番になったピピが暇を持て余し部屋を物色していると、過って御父さんのウイスキー瓶に落ちて酩酊状態に。そこで帰宅した御父さんが泥酔したピピをネズミと間違えて箒でピピを追い掛け回す。窮地に陥ったピピは、電気のコンセントの穴に飛び込んで(!)危機を逃れるが、電気を伝って(?)世界中のテレビやラジオ、電話をピピ(泥酔モード)が「宇宙人ピピ」のワンフレーズを歌いながら大暴れ!「よせばいいのに~」とめっちゃ他人事な中村メイコさんによるナレーションが入った所で、混乱状態のまま強制終了。絵本の最後の項に併録されたNHK教育局青少年部からの解説に記載されている通り、時間の概念すら超越してしまう高度な科学力を持つピピの弱点は、意外にも、地球に対して無知である事。生まれて間も無い赤ん坊同様に、純粋無垢で知識が無く、善悪の区別が曖昧だ。加えて、解説の中に「ピピのしでかした失敗で大騒ぎする地球の人たちをみていて、みなさんはどっちのほうがこっけいだと感じるでしょうか?」と、視聴者へ世の中に蔓延する常識と呼ばれた観念に疑問を投げかけている。この疑問こそが本作の重要なテーマであり、宇宙人ピピの存在意義なのだと思う。常識を疑う機会をピピは与えてくれたのだ。上述のドラマは、ピピの悪戯というより不幸の連鎖(笑)に近いね。別にピピちゃん悪い事してない。ピピを遠足に連れて行ってあげなかった兄妹と、ピピをネズミと間違えた御父さんがいけないンだよ。(正論) 併せて「懐かしのこども番組グラフティ 夕方六時セレクション①」のDVDに収録された第38話を観賞。勉強や稽古で遊ぶ時間が無い子供達を不憫に思ったピピが、大脳刺激光線で全員まとめて天才にする話。

 

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↑左:OPのタイトルクレジット、右:円盤は実写、ピピはアニメ。ピピが操作してるのはタイムマシン(!)。

 

先ず「大脳刺激光線」ってワードがヤバい。耳にしてもヤバいし、文字にしてもヤバい。得体の知れないヤバさがそこにはある。(序盤では「ピピが子供達を(何らかの方法で)天才にした」と云う情報に限るので、ピピの口から子供達を天才にした手順を知るのは後半だ。)成長の流れに適合した経験を積む事の重要性を主張した一作で、経験と共に伴う苦労を重ねずに、突然天才になってしまった子供達が、悲惨にも天才少年だ天才少女だと好奇の目に晒され、大人のエゴに振り回され、最終的には己の身を滅ぼす痛ましい結果を生むばかりであった。そこで、元々秀才故に大脳刺激光線の影響を受けずにいたモリオくんが、苦労を知らないピピに苦労を教示。ピピは成長に反する才能を強引に植え付けた子供達が過労に苦しむ姿を目の当たりにして、改心、モリオくんの提案でタイムマシンを使って時間を大脳刺激光線を放つ前の過去まで戻して諸々無かった事に。一連の惨事はピピのみぞ知る。子供の浅はかな見解から生まれる思惑を、純粋に受け止めたピピの失敗が、そのまま視聴者の教訓に繋がる深遠な構成が御見事。そして何より、『宇宙人ピピ』を印象付けるのは、富田勲氏による音楽でしょう。僕も実際、ドラマより音楽を体が覚えていた。宇宙や円盤を想起させる独特な電子音は、ピピの化身と云うか、気配を感じます。