某A氏の独白帳(仮)

独断と偏見で意見具申。空想特撮シリーズを始めとした極一部の特撮、旧邦画の鑑賞記録など。

映画「九十九本目の生娘」(1959年 新東宝)

 

前日、シネマヴェーラ渋谷で観て来ました。

曲谷守平監督、映画「九十九本目の生娘」の感想です。

 

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本作は、「大怪獣バラン」に続く日本のチベット岩手県北上川上流が舞台の異色活劇。

 

老婆役の五月藤江氏が強烈過ぎた

"老婆"と一言で片付けてしまうのが腑に落ちない程、独特な妖気と不可解な魅力に満ちた堂々たる存在感に吃驚。あの指名手配写真とかズルい。

もはや主役と言いますか、ヒロインと呼んでも過言では無いよね

十年毎に行われる"火づくり祭"として包み隠された「生娘の生血を浸した刀剣を九十九本、神様に奉納すれば一族は永遠に栄える」迷信によって繰り返される猟奇殺人、何故今迄大事に至らなかったのだ?と言う疑問は置いといて(爆)、怪奇事件と祭の謎が交わる中、生娘拉致役の老婆が九十九回目にしてビッチを拉致る重大なミスを犯した一件により、新たに展開する警察隊VS部落民の戦いの方向転換が見事。どう見てもヴァンプ女優は処女じゃないだろ…

部落民が弓矢責めの岩石責めなのに対し、威嚇射撃の筈だったのに

部落民目掛けてライフルぶっ放す警察隊が容赦ねえ

 

エログロ的な娯楽で言えば、九十九回目の儀式で処女だと思われたビッチ二人が縛り吊るされ生血を捧げようと待ち構えている(違)場面が最高潮だろう。

作品名から連想される様な生々しいオッパイぼろん!みたいな描写は皆無、あくまで神秘的で上品、丁寧なタッチ。

主観だが、拘束された女性の肉体よりも、官能的な足の主張を目的とした様なカメラワークが印象深く、部落の長(芝田新氏)が胸元に差し込んだ刀から流れた穢血が足の指先へと滴り落ちるフェティシズムを煽るシーンが痛ましくもエロい。そして何より、美しいのだ。

 

個人的に、綺麗事だけで終わらないラブロマンスの描写が深過ぎず浅過ぎず絶妙なテーストで好印象。

火づくり祭に疑念を抱く神社の宮司・弓削部宗晴(沼田曜一氏)へのあざみの慕情は完全にあざみがグイグイ攻めてて萌えたし(予告では完全に襲っとるしな)、警察隊の阿部(菅原文太氏)と所長の娘・加奈子(矢代京子氏) は、何か命とか狙われたけど間一髪の救出によって画に描いた様なハッピーエンドなクソリア充だし。

特筆すべきは、五郎丸(国方伝氏)とあざみの悲恋。この手の恋愛話には弱いんだな僕は

宮司に向けられるあざみの恋心に嫉妬し「俺の子を産んでくれ!」と御乱心な心情を見せて、あざみたそ嫌がってるじゃねえかよ強引な奴だなと思わせといてからのあざみを庇って死んじゃうなんて…死んじゃうなんて……!!!

これは恋愛描写のみならずだけど、目元だけ明るみにするライティングが、まるで目だけに感情を託しているかの様で見応えがあった。

 

クライマックスでは苦境に至った部落の長が一族の最期を悟り、神像を前にして本来なら生娘を生贄に九十九本目に成る筈だった刀で自決する事によって因習に終止符が打たれた。ジジイの穢れた血で終止符ってのもまた皮肉だねえ

長の血を静かに浴びる神像が、あらまあ不思議!バラダギ様の神像にクリソツ

そして秘境音楽を担当された松村禎三氏の師匠は、伊福部昭様と聞いたので驚き。

…となるとバランと本作の違いは、

怪獣か老婆かってとこかな?

 

余談、宮司役の沼田曜一氏はなんかどっかで見た事あるなあと思ったら、「ガラモンの逆襲」でゲスト出演したトラックの運ちゃんだー!(スッキリ)

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