某A氏の独白帳(仮)

独断と偏見で意見具申。空想特撮シリーズを始めとした特撮作品の鑑賞記録など。ネタバレ含。

映画「戦場にながれる歌」(1965年 東宝)

 

ラピュタ阿佐ヶ谷にて鑑賞。

松山善三監督、映画「戦場にながれる歌」の感想です。

 

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作曲家である団伊玖磨の随想「陸軍軍楽隊始末記」を松山善三氏が脚色・監督を務めたヒューマニスティックな戦争映画。

 

舞台は、太平洋戦争末期。陸軍戸山学校軍楽隊に新入生達が集まった。

入隊者の中には、音楽学校出の三条(児玉清氏)、元相撲取りの青田(真塩洋一氏)、元チンドン屋の鷲尾(二瓶正也氏)、 体育学校と間違え入隊した野本(鈴木和夫氏)、軍楽隊ならば死なずに済むと考え入隊した中平(久保明氏)などが居る。

一同は、楽器の経験有無に問わず担当楽器を割り当てられた。

戦況悪化の為に、本来2年間かけて行われる教習を8ヵ月に縮小され行われると所長の小沼中尉(加山雄三氏)に告げられ、西山(青島幸男氏)、浦島(大村崑氏)、梅谷(大村千吉氏)ら上官の下で猛特訓に励んだ末、音楽に対して無知に等しかった三条除く彼等は立派な軍楽隊員として成長していく。

だが、激戦の北支戦線に送られた。銃の扱いも不十分な一同は、宣撫工作の命の元で中国各地をトラックで移動しながら慰問演奏をする大行軍を命じられ……

 

「死にたくなかった」中平を殺すな馬鹿野郎!

自ら死を拒む発言をしている時点で死亡フラグが生じてしまうのは言わずとも必需的な展開だ。(当社比)

死を望んで居なかった筈の中平が敵に射殺されたのは、皮肉にも味方を助けようと行動したのが原因であった。中平、お前って奴は…!!クッ

そこには、勇敢だの名誉だの死を美化する様な描写は一切無く、戦友の死を惜しむ仲間の無念だけが強調されている様に思う。

中平の存在によって、軍楽隊であろうと戦争に自由や人命の保証が一切無かった事を改めて痛切に感じた。

 

終始、物語の状況は譜面に委ねられている。

前半に新入隊員達が魅せるコミカルな練習風景では、愉快に表現音符達がコメディに華を添えているのだ。

白黒だった音符達も軍楽隊が形になり演奏行進を遂げた時、カラフルに弾けた。

それも束の間、次第に悪化する戦況に合わせて痛々しく血塗られ、最後に音符は暗闇に飲み込まれている。

本作を鑑賞した上で、非常に印象深い演出であるし、軍楽隊の登場人物に焦点を当てた始末記である本作に適した表現で監督の特色が良く引き出されているメタファーだと思う。

 

主に目立っていた新入隊員のメンバーの人物設定が単純で有りながらも、個々記憶が鮮明であるのは、配役に適した演技を披露した俳優の影響が大きいだろう。

演技では無いが、主なメンバー以外でも、新入隊員の私物検査の際に、1人1人私物が異なる点には驚いた。

持ち物にしろ、置き方にしろ、記憶する限り被っている物は1人も居なかったのだ。

カメラアングルにしろ緻密な演出に感動した場面である。

 

終戦を迎えたと同時に、始まった戦友同士が憎み合う捕虜生活に対して、まだ戦争が続いている様な痛ましい感情に苛まれた。

本作の終戦後に語られた「戦友だと思っていた人達は、本当に戦友だったのか?」と言う疑問は、余りにも虚しい。

 

最後に、……不謹慎で申し訳御座居ません。

二瓶正也様の美尻が眩しかったです。

柿沢兵長(藤木悠氏)がケツを強制的に振らせたのは、軍楽隊に反ずる行為を行った罰として羞恥心を感じさせる為に命じたのだろうが、何故全員にケツを振らせたのだ?

以上に該当する場面は、笑いどころでも無く個人的に美味しかったのですがシュールな映像に「一体何を見せられているんだろう」感が否めない。どんな顔をして観るのが正解だったのだろうか…(爆)